壱、水の場

調理の前の下準備。
土足で使う外流しは、山海と台所との中間点。

住む。

「外流しは下拵えの場です。ざぶざぶ洗いたいから、たっぷり大きい方がいい。汚れても水がとび散っても気にならないから、外流しは気持ちいいわね」。
 大分県の宇佐平野は、緑豊かな穀倉地帯。遠浅の海を望み、海幸、山幸に恵まれている。この地で、金丸佐佑子さんが友人たちと毎月開く「伝承食」教室は、今年で5年目。この春の定年まで、高校の家庭科の先生をしていた佐佑子さんが、「地元の食を見直して、その豊かさを次世代に伝えたい」と始めた教室。だから、〈伝承食工房・とうがらし〉には、昔ながらの台所の風景がある。
 深い軒で覆った土間の片隅には、上下二段のコンクリート製の外流00し。水道も備えているが、雨水を利用できるよう屋根から樋を下ろしている。真昼の通り雨が、樋を伝って外流しに落ちてくる。上段に溢れた水は、水面に顔を出したパイプ栓から下段に流れ出る。
「上段は、立ち仕事にちょうどいい高さです」。縁が広いので、砥石を置いて包丁を研ぎ、まな板を渡して魚を捌く。
 低い下段は下洗いに活躍する。野菜の泥を落としたり、血の付いたまな板を洗う。
「そのあとの水も、畑仕事の鎌や鍬を洗うのに充分使えます。そういうものを洗うのに、新しい水はいらないでしょう」。外流しの二段の構えは、水を無駄なく使い切るための仕掛け。
 泥付き野菜を洗う佐佑子さんは、傷んだ葉をむしって土間の上に投げておき、あとでまとめて始末する。外流しの良さは、土足のまま使えること。市場で買ったり、畑から引き抜いたばかりの野菜を広げて選別し、さっと下洗いして台所へ運ぶ。重い大甕や桶樽などの容器、煤の付いた羽釜を洗うときにも重宝する。羽釜で大量に米を研ぐときには、下段の縁に羽釜をのせて水道の水を使い、傾けながら研ぐ。
「料理は、走り・旬・名残、この3つを組み合わせてつくるものです。走りは、初物のこと。高級な食材で贅を味わう料理。旬は、たくさん収穫できて、その食材がいちばん美味しいとき。名残は、旬を過ぎた最後の収穫のことです。ふつうの家庭料理では、海のものも、山のものも、安くて美味しい旬をメインに食べます」。1月はボラ、2月は生海苔、3月はアザミの新芽、4月はハマボウフウ……。市場で買うもの、田んぼの畦や浜辺で自然に芽吹くもの、季節の恵みに感謝する。


「それから、一里四方のものを食べると身体にいいと言うでしょう。地のものを、新しいうちに食べなさい、ということね。いまはつい冷蔵庫に頼ってしまうけど、何でも収穫したらすぐに食べる方が美味しくて滋養も豊かです」。新鮮な魚は、煮ると身がはぜる。カレイは尻尾がぴっと曲がる。海老は茹でると丸くなる。
「見かけは悪いけど、漁師町ではそれが自慢。新鮮で美味しいという証だから。これはエソといいます。7尾で300円。安すぎるから地元でしか売ってない魚です。すり潰して煮ると、美味しい出汁が出ます。最近は、面倒だから鶏肉や豚肉で代用する人も多いけどね」。見れば、とぼけた顔をした細長い魚。すり身は蒲鉾の材料にも使われる。
「捕れたての魚を捌くと、まな板の上に血がぱーっと散ります。手が染まるくらいに。」今日のエソは皮付きのまま焼いて、ほぐし身をつくる。馴れた手つきで次々に処理。外流しは生臭い臭いがこもらず、鱗がとんでも構わない。まな板など調理道具を洗い、汚れた水を抜いたあとは、外流しの掃除。ごみを始末して、ついでに土間をざっと流して下拵えが終わる。