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弐、火の場

竈の煮炊きは、薪割りで始まる。火の扱いには順番がある。

住む。

 竈には2つの焚き口がある。左には羽釜を置いてごはんを炊く。羽窯の上に蒸籠をのせて蒸しものをする。右は焼き物用の炉になっている。
 火の番は、下働きを一手に引き受けてくれる夫の寿雄さんの仕事。煮炊きの始めに、まずは薪割り。木箱や端材で間に合わせることも多い。新聞紙を丸めて火をつける。大豆の収穫期には、からを焚き付けにする。それから火加減。佐佑子さんが祖母から伝授されたごはん炊きのこつは、<初めちょろちょろ、中ぱっぱ>……とはいえ、薪は広葉樹なのか針葉樹なのか、乾いているのか生木なのか。思い通りに火を操るのは、けっこう難しい。<噴きはじめたら火を弱め、赤子泣くとも蓋とるな>……は、燠火で蒸らすこと。適度に水分を飛ばし、ふっくらと炊きあげる。香ばしいおこげもできる。1升の米を炊くのに30分。沸騰までは思ったより早いが、蒸らし時間が長くいる。
 蒸らしを終えたら、すぐに焚き口から熾火を取り出して、右の炉に移す。魚介類は熾火でじっくり焼くと美味しい。火の扱いには順番がある。
「赤い火を見ていると心が落ち着く。青いガスの火ではだめだよ」と、竈の前に孫といっしょに座り込んだ寿雄さん。竈は子供のしつけの場所でもあるというのが寿雄さんの持論。電気釜やガス釜ができたのは昭和30年代のこと。煮炊きの重労働からは解放されたが、無心に火を見つめる時間も、香ばしいおこげもなくなった。
「うちの竈は古いタイプだから、火加減がたいへんです」。工房では、あえて昔の竈を再現している。これから竈をつくるのなら、灰落としの火格子がある改良竈の方が熱効率がいいそうだ。改良竈は、大正末期に始まった台所改善運動の成果だとか。
「味噌づくりに大豆を煮るときは泡を吹きこぼすから、屋外に竈をつくります」と佐佑子さん。大豆がごく微量に含む毒性を、煮こぼして追い出す。工房の竈は三方を壁で囲まれていて、煮こぼすと始末に困る。昔ながらの〈くど〉のように四方を開けたつくりであれば不便はない。昔といまは一長一短。
「良い灰が出たときは、集めて水に浸して灰汁をとります」。良い灰汁とは、たとえばクヌギの灰。春は山菜のあく抜きに、秋は栗の渋皮煮に使う。
「いまは、あく抜きによく重層を使うけど、ワラビには強すぎて溶けてしまいます。新しい栗なら灰で充分間に合います」。しゃりしゃりした藁灰は、石鹸代わりの灰汁になる。アルカリ性の灰は、よく皮脂を落とす。
 エソがこんがり焼き上がる。皮を剥いて、身をほぐす。トウガラシ、ニンニク、ミョウガなど、その時々の旬の薬味を混ぜて油味噌にする。油味噌は、油で炒めた練り味噌のこと。甘みを加え、海辺の町ではエソを入れて、山の方では胡桃を入れるなどして、鍋にかけて長時間、焦がさないように練り上げる。
「年を越した古い味噌を使い切るのに、ちょうどいいメニューです」。発酵が進んでいくぶん風味が落ちた味噌を、ごはんのおかずの一品に仕立てる。
「春のおからは鯛の味、秋のおからは海老の味。車海老を丸ごと塩茹ですると、出汁が出ます。これをおからの味付けに使う」。あるいは身だけを使う料理なら、頭と殻は捨てないで出汁をとる。唐揚げにして食べる。毎年つくる赤ワイン。踏みつぶして漉した後の葡萄の皮は、集めてキュウリのワイン漬けをつくる。
「もったいないでしょう。段取りよく、あれこれ知恵を絞って工夫します。食材を無駄にしないで使い切ったときは、充実感があるわね。私って、なんて偉いんだろうって(笑)」。