参、保存の場

発酵食品には欠かせない冷暗所。
ひと手間かけて美味が生まれる。

住む。  半地下の貯蔵庫に下りると、ふうわりと発酵の匂いに包まれる。味噌の匂い、糠床の匂い、麹の匂い、酢の匂い。土を被せた芝屋根の下、コンクリートの細長い貯蔵庫には、たくさんの瓶や樽が並んでいる。通気と採光のためには最小限の小さな窓。
「味噌も醤油も、日本の食は発酵がなくては成り立たないですね。うちの味噌は花見仕込みです」。毎年4月、伝承食教室のメンバーを中心に、みんなで味噌をつくる。
「<味噌をする>と言うんですよ」。味噌づくりの途中で、いくつもの豆料理ができる。最初は水で戻した大豆をすりつぶして漉して呉汁に、そのおからは煎り煮に。煮始めを少し除けて柚子豆や昆布煮を。工房の味噌づくりは、数々の豆料理の伝承の場でもある。
「仕込んだら、貯蔵庫に置いて梅雨を待ちます。この季節に発酵が始まるからです。忙しい農家では農閑期の冬に仕込むけど、やはり梅雨を越さないと味噌はできません」。半地下の貯蔵庫は、夏もひんやり安定した温熱環境を提供する。その中で、ゆっくりと発酵が進む。
「春はタケノコの酢漬け、初夏はラッキョウを15kg漬けます。梅雨は梅干し。盛夏はミョウガの醤油漬け。秋になったら栗の渋皮煮を20kg。ワインは10kg樽で、今年はメンバーが集まって5樽つくりました」。季節の実りを加工して蓄える。冷蔵庫がない時代の保存食づくりの知恵。長く美味しく保存するためには冷暗所が欠かせない。
「保存のための加工には手間がかかります。でも、たんに保存するためだけではなく、干したり漬けたりすることで、違う味になるということがあるでしょう」。ダイコンもシイタケも魚も、陽に干して旨味が強くなる。
 深い軒下は保存食づくりに便利な場所。雨が降っても作業ができる。先ほどの通り雨で取り込んだ大きなざるには、豆や栗が広げてある。ハンガーで吊るした白い短冊状のものは干し大根。
「料理で余ったダイコンは、はりはり漬けにします。母は〈タコの手〉に干しなさい、と言ってたわね。1cmくらいの厚切りでも、ストーブの上なら一晩か二晩で乾きます」。水で戻してしっかり絞り、三杯酢で漬け込む。昔は、菜物野菜の端境期に食卓を彩る一品として喜ばれた。薬味は昆布・ショウガ・トウガラシなど。
「トウガラシは必ずつくります。青いうちから柚子胡椒や味噌漬けを、葉は佃煮にします。赤く熟したら干して、いろいろな漬物の薬味に使う。トウガラシの出来は、その1年の台所仕事を左右します」。佐佑子さんが秘蔵の糠床の蓋を開けた。80年を経た糠床は、さくさくとして爽やかな芳香を漂わせる。
「毎日、心を込めてかき混ぜてないと酸っぱくなるのよ。母は、醗酵にかかる時間を逆算して真夜中にナスやキュウリを収穫して漬けていました。美味しかったですよ。ナスもキュウリも糠漬けに最適なのは夏野菜。だから冬はトウガラシと山椒を混ぜて貯蔵庫で冬眠させます」。糠床は生きもの。冷蔵庫では冷たくなりすぎて台無しになる。
「わざわざ手間のかかる保存食をつくらなくても、いまは1年中夏野菜が手に入ります。漬物もパックで売ってます。でも<ご馳走>というのは、珍しいとか高価とかじゃありません。きれいで便利なシステムキッチンだけでは、つくれないものがあります」。代々、大切にしてきた自慢の糠床。畑で育てる豆の花の美しさ。野山の実りのありがたいこと。アミがたくさん捕れる年は大漁になるという、漁師さんから聞いた話。海の風景、山の様子。それが食の豊かさだと思う。