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満たす喜び。

チルチンびと12号|2000年 春

チルチンびと12号

 「国東に春が来ました。」友人からの便りです。さっそく活動開始。国東半島へ恒例の浜防風摘みに出かけます。
 私の住む町にもかつて、浜昼顔や浜防風の自生する砂浜がありました。しかし気付いたら高度成長の波が、砂浜をコンクリートの護岸に変えていました。この海で代々教わっていた泳ぎも学校のプールやスイミングスクールへと場所を変え、子供たちの騒ぐ声は消えていたのです。いまでは空缶やペットボトルの漂着場所になっています。
 それでも最近は自然の大切さや環境保全が叫ばれるようになり、この町でも年二回、ボランティア百名以上の清掃活動が始まったのは嬉しいことです。


 わずか二,三回分のご飯のために、往復二時間かけての浜防風摘みを見兼ねた友人は、移植を勧めます。でも、これがいいのです。収穫の喜び、お腹を満たす喜び、それにも増して国東の自然に浸る喜び。演出されていない田舎や自然の風景が、国東にはあるのです。
 帰り道、友人に高菜をいただきました。蓬を摘み、名水百選に選ばれている美味しい水を汲みます。やわらかな蓬の若芽は重曹で茹で、ゆで餅に使うことにしました。当地では裏作に麦を作っていましたので、たくさんの小麦粉料理があります。その一つが、ゆで餅。小麦粉に水と塩少々を加えてこね、しばらく寝かせておくと粘りと弾力が増し、薄く延ばすことができます。料理上手だった伯母の作るゆで餅の皮は、それはそれはうすーくて、魔法の手が作っているように思えたものです。醗酵具合が湿度や温度に左右される甘酒まんじゅうは夏の限定おやつでしたが、ゆで餅は一年中作ることができます。
 唯一、春のゆで餅の違うところは蓬を入れること。蓬の効用は独特の風味だけでなく、皮のやわらかさを持続させます。伯母は食べるとき必ず、蓬入りゆで餅は後回しにするようにといいました。食べ残して、後で食べてもやわらかく美味しいからです。蓬のどんな成分の効用なのかは、伯母にも私にも分かりません。


 春になると、浜防風や蓬のように独特の苦みやあくのあるものを、美味しいと感じるようになります。これらを「浅春の醍醐味」と称すると、昔聞いたことがありますが、本当にその通り。不思議なことです。
 あくの強さでは引けを取らない高菜。このあくに助けられる料理に、しゃこ汁があります。三十五年前、東京へ嫁いだ友人の里帰り第一声が、「蝦蛄は寿司屋さんで食べるものだって」でした。当時の私たちは江戸前の寿司屋さんに行ったことではありませんでしたし、当時にはそんな洒落たお店もありませんでした。笊いっぱいの蝦蛄を大鍋で茹で、大きな蝦蛄はおやつ代わりに食べます。残りの小さいものは干して畑の肥料にしますが、最近ではこんな風景もなくなりました。
 蝦蛄は一年中捕れますが、しゃこ汁は、やっぱり春の高菜あっての汁といえます。浅春の高菜に勝る相性のよいものは見つかりません。
 お隣さんから蝦蛄をいただきました。今夜の献立は浅春の醍醐味。我が家では定番の浜防風ご飯、しゃこ汁、蓬入りゆで餅。そして名水で入れた美味しいお茶。
 お隣さんや友人へ、浜防風ご飯とゆで餅を届けます。最近では、お総菜を差し上げたり、いただいたりする回数が少なくなりました。料理すること自体も面倒くさいものになりつつあります。ましてや、茹でてあくを抜いたり下拵えに手間のかかる料理はなおさらのこと。


 私の町にも近年、カラー舗装の道路、コンクリートで護岸した海、整然と植えられた街路樹、江戸前の寿司屋さん、洒落た喫茶店ができました。そして隣の町にも、そのまた隣の町にも。ずーっと離れた都会の町も、同じ風景に見えるのは何故でしょう。
 この町にはこの町らしい、我が家には我が家らしい、そして春には春らしい、匂いや住まい方や生活があるはずです。料理だって……。この地の空気と水と土と仲良く楽しく暮らしたい。その暮らし方を伝えたいと思うのは、私が年をとったせいなのでしょうか。